はじめに

最近生活リズムが乱れて朝起きられない、朝から頭痛があって学校に行けないなど、親に連れられてくる子供さんを診る機会が増えてきました。なかには、何か月も前から学校に行けていない子供さんもおられます。限られた診療時間内での対応は無理な子供さんが多いのが実情です。

そこで、不登校の子供さんを抱えてお困りのお父さん、お母さんへ、出口を見つけていただくための一助になればと、29年前1993年と2020年の文部科学省による不登校児童生徒の実態調査から、不登校に至るきっかけを中心に子供たちが何を思い、何を感じているのか内容を確認してみました。その他の資料も集め、参考になればと小冊子にまとめました。

増え続ける不登校児童生徒

平成3年66,817人は、29年後の令和2年には196,127人と3倍に増加しています。小学生の1%、中学生の4%が不登校です。病児不登校を入れるとさらに%は上がります。少子化により児童生徒数はピーク時の50%程度にまで減少していることから、不登校の占める割合%値は異常です。

1993年度不登校児童生徒実態調査から

まず29年前の1993年(平成5年)の実態調査を見てみましょう。この29年前の調査と2020年の調査を比較することにより不登校の実態がよりわかりやすくなります。

 

あなたが学校を休みはじめた時のきっかけは何ですか。思いあたるものすべてに〇をつけてください。

2020年度不登校児童生徒実態調査から

不登校に至るまでの期間は、小中学生の大半は1~6ヶ月でした。
学校に行きづらいことについて相談を家族にした:小学生54%、中学生45%
誰にも相談しなかった:小学生36%、中学生42%
家族以外に相談できる相手のいないことが浮き彫りになりました。

◆ 最初に行きづらいと感じ始めたきっかけについて
小学生、中学生共に21問複数回答可のうち20%以上をピックアップしました。

<小学生>

  • 先生と合わない7%
  • 学校に行こうとするとおなかが痛くなるなど体の不調5%
  • 朝起きられない7%
  • 友達の嫌がらせやいじめ2%、友達との人間関係21.7% 計46.9%
  • きっかけは自分でもよくわからない5%、特にない2.2% 計27.7%
  • 勉強がわからない0%
  • 親・家族7%

<中学生>

  • 学校に行こうとすると体に不調が起きる6%
  • 勉強がよくわからない0%
  • 先生のこと0%
  • 友達のこと6%、友達の嫌がらせやいじめ25.5% 計51.1%
  • 朝起きられない5%
  • きっかけは自分でもよくわからない9%、特にない1.5% 計24.4%
  • 親・家族1%

◆ 学校を休んでいる間の気持ち(安心・不安)

<小学生>
ほっとした楽な気持ち70%
自由な時間が増えて嬉しかった66%
勉強の遅れに対する不安64%

<中学生>
勉強の遅れに対する不安74%
進路進学に対する不安69%
ほっとした楽な気持だった、自由な時間が増えて嬉しかった64%
※中学生になると勉強の遅れや進路への不安が増えています。

◆ 学校を休んでいる間の気持ち(自分がどう思っているのか)

<小学生> 学校の同級生などがどう思っているか不安だった64%
<中学生> 学校の同級生などがどう思っているか不安だった72%
※小中学生共にクラスメートを一番気にしています。

◆ 学校を休んでいることに対する感想

この感想には怖い実態が隠されています。そこには辛い学校生活は脱出したが次なる出口がわからない浮遊したような不安感・孤立感・無力感です。

◆ 欠席時の子供の家庭状況

  • インターネットやゲームを一日中している  小学生65%→中学生68%
  • 原因がはっきりしない腹痛、頭痛、発熱など 小学生56%→中学生64%
  • 極度に落ち込んだり悩んだりしていた    小学生55%→中学生64%
  • 家から出なかったり他人とのかかわりを避けた 小学生54%→中学生58%
  • 部屋にこもったり、家族とのかかわりを避ける 小学生24%→中学生34%

◆ 保護者による子供とのかかわり

  • 子供の気持ちを理解するよう努力した    小学生96%→中学生94%
  • 日常会話、外出、子供との普段の接触を増やした 小学生86%→中学生81%
  • 子供の進路や将来について不安が大きかった 小学生74%→中学生78%

※その他、子供の気持ちが理解できないと感じた、子供にどのように対応していいのかわからなかったとの回答も多くありました。

不登校の原因として親・家族を挙げたのは小学生7%、中学生18.1%

昔、子供の不登校の問題は母親の育て方に問題があるという母原病という言葉が流行りました。この考え方は今でも根強く残っています。しかし、文科省の実態調査(アンケート調査)では、親・家族を原因とするのは意外と多数派ではありません。
しかし、途方に暮れた親は子供との関係、家族との関係を見直そうと頑張ります。確かに子供に過剰な期待が向けられ、子供がその期待に耐えられない時、心身症を起こすことが知られています。不登校になる子供には自律神経機能が弱い、心が弱いなどの生まれ持った体質、気質がベースにあることもあります。しかし、多くの子供は体質や気質が弱くても不登校にはなりません。不登校の原因調査で浮き彫りになったのは同級生や教師との人間関係からくるストレスです。少子化と屋外で群れて遊ばない屋内志向は時代の流れと共に顕著になり、学校以外の友達は少なくなりました。子供たちは友達を欲しながらも自分ではどうにもならない環境下に孤立を深め、モチベーションの低下、無気力状態へと陥っていきます。
文科省の実態調査が不登校原因の真実を表していると仮定すると、子供のコミュニケーション能力をいかに高めるか、やる気のモチベーションをいかに高めるか、子育ての目標が見えてきました。
親は育て方が悪かったといたずらに自分を責めるのではなく、親子共に相手の気持ち、自主性、主体性を尊重し合う必要があります。

オリンピックフィギュアスケート銀メダル

子供のモチベーションの話で思い浮かぶのは北京オリンピックフィギュアスケート銀メダルで一躍脚光を浴びた鍵山父子です。
鍵山優真君はお父さんと2人家族です。父は2回オリンピックに出場したトップスケーターで、優真君も幼い頃から父にスケートを教わっていました。しかし、その成績はあまりぱっとしませんでした。ところがようやく国際大会にノミネートされるようになった中学3年生の時、生活を支えていたお父さんが脳出血で倒れ、生活の基盤が大きく崩れました。それを機にフィギュアスケートの練習に本気スイッチが入り、朝早くから自分で支度をして練習メニューも自分で考えるなど、姿勢が一変したそうです。結果は北京オリンピックで銀メダルを獲得し関係者を驚かせました。

2020年度文部科学省の不登校実態調査をまとめると

不登校の誘因原因のトップはいじめなどを含む友人との関係でした。学校で何が起きているのか調べてみました。

学校で今何が起きているのでしょう

クラスカーストという言葉があります。クラスカーストとは同級生間に地位、身分差、学力差をなんとなく共有している状態のことだそうです。カースト制度から名付けた造語です。クラスカーストには上位カースト、中位カースト、下位カーストが形成されており、児童生徒はカーストグループの中で与えられた役目やキャラを演じます。野球、テニスなどの花形カースト、ギャルの集まったカーストは上位に位置し、おとなしく目立たない子供たちは公然と馬鹿にされる下位カーストに入ります。クラスカーストが確立したクラスではほとんどの生徒がいじめの対象になります。また、いじめられた生徒自身も下位カーストやアウトカーストの子供をいじめるなど、いじめを受けた経験といじめをした経験が拮抗する奇妙複雑な人間社会が学園に生まれる風潮があります。いじめ不登校は社会の責任と言われる所以です。

学校側の過剰・理不尽な指導

子供を過剰に拘束する細かく厳しい校則が不登校のきっかけになることがあります。チャイムの前に着席するは当たり前です。眉毛を剃ってはいけないに反発して不登校になった子、下着の色まで指導され学校に行かなくなった子まで様々です。規律を守ることは集団生活の基本ですが、規律をより厳しくせざるを得ない子供たちの状況に学校側は苦慮しているようです。

発達障害・過敏気質などへの対応

我慢が足りない、落ち着きがない、わがままな子と阻害され不登校へと追いやられていた子供もいました。2004年に発達障害者支援法が成立して以来、発達障児童生徒に対する行政、学校側の理解が深まり、これらの子供たちを取り巻く状況は確実に改善されつつあります。発達障害とは似て非なる過敏気質があります。HSC highly sensitive childの子供は、光過敏であったり気圧過敏であったり、潔癖であったりと人一倍過敏な子供たちです。学校側の過敏気質への理解不足も不登校の要因として話題になりつつあります。

親との関係 兄弟姉妹との関係

子供の成長を支えるのは親の愛情です。子供は家族の中で育ちながら対人関係での距離感や感情の折り合いなどを学びます。親は子供を平等に愛しているつもりでも子供の受け止め方は様々です。家庭内不平等や夫婦の不仲は子供の柔らかい心を傷つけます。子供は服従と反発のバランスを学びながら成長するため、親の過干渉、過保護は子供の服従と反発のバランスを乱します。兄弟姉妹は仲良しに見えて親の愛情を奪い合うライバルでもあります。今は家庭における愛情の希薄化、社会における人情の希薄化、個人化の進んだ社会と言われています。

国際的な診断基準DSM-Ⅳ、ICD-10で登校拒否に該当する病名はありません。探すと分離不安症候群が近いようです。「家庭または愛着を持っている人からの分離に対する過剰な不安」と記されています。男の子も女の子も大好きな母親父親からの愛情分離が不安、恐怖に発展し、情緒不安定になると言われています。好きだった学校・.学友との分離に対する恐怖により学校に行けなくなると解釈する研究者もいます。

 

学力の維持
不登校原因の第2位は勉強についていけないです。勉強についていけないから学校に行かないは悪循環を増すだけです。この問題で一番大切なことは、学校側との情報交換を重ね、子ども自らが学校に行くようになることが理想です。不登校が続く場合は子供の学力維持をどうするかを優先事項とし、家での学習、塾の利用など不登校に対応する信頼できる手立てを探すことです。障壁は孤立感、無力感を深めた子供のやる気、モチベーションの低さです。ここが不登校対策で一番難しいところで、親の大きなストレスとなっています。

 

子供の孤立感、無力感への対応
ロバートキャンベル氏の主張
不登校児に共通するのは孤立感、無力感です。不登校になってホッとするのは束の間で、学校以外に選択肢を持たない子供にとって学校のない生活は「痛切な孤立感と無力感」を感じます。かつて不登校を経験した人たちが共通して語る言葉です。日本文学研究者であるロバートキャンベル氏は自らの経験から、「本人にとって自分の体と自分の時間の使い道を自立的に決定した不登校は必要なハッチ非常口を開けたわけだから当たり前に認められる権利である」と述べています。不登校になっての苦しみの責任は不登校した本人ではなく、不登校で孤立感を感じさせた社会の責任であり、社会は学校からの非常口を整備すべきだと語っています。(不登校新聞掲載)

文部科学省 新学習指導要綱2016年3月31日では、「不登校生徒が悪いという根強い偏見を払拭し・・共感的理解と受容の姿勢を持つことが児童生徒の自己肯定感を高めるためにも重要」と記載されています。ロバートキャンベル氏の不登校は当たり前に認められる権利に近づいた考え方に思います。

 

親にできることは何か
共通するのは、どうやったら子供とのコミュニケーションが取れるのかの悩みです。自室への引きこもりからゲームに没頭し返事もしない子供、暴力的な子供まで親は取り付く島のない状況です。ところが、専門家によると子供の心の中は助けを求めていると言います。学校に居場所がなくなった、学校以外にも安心感が得られる居場所がなくなった、家にも居づらい状態で行く当てのない漂流者の状態と言えます。漂流状態の中で死にたい、消えたいといった希死念慮を抱く子供もいます。このような行く当てのない生き方喪失型の不登校児童生徒にとって、心休まる人たちのいる自分の居場所を見つけるには、親と社会の支援は不可欠です。ロバートキャンベル氏の言う出口を見つけ、安心の居場所を手に入れることができれば、復学にこだわらない社会復帰につながります。

 

8050問題
不登校引きこもりの問題放置を続ければ、結果として起きる社会混乱はさらに大きなものとなります。中高年を対象にした内閣府による平成30年度調査によると、40~64歳の引きこもりは全国に61万3000人と15~39歳の推計54万1000人を上回り、引きこもりの高齢化が進んでいます。中高年の引きこもりの増加と親の高齢化によって、80代のわずかな年金生活の親が50代の子供の生活費を賄うには無理があります。経済的困窮で親子共倒れになるこの問題に終わりは見えません。介護状態の母親はヘルパーさんが作った食事を引きこもった50歳の息子に食べさせ、自分はパン一つで我慢する現実があるのです!

 

ユースワーク活動
ユースワークは生活基盤の学校から不登校に陥り生きる方向性を見失った子供たちの成長を支援する教育活動と、子供たちの社会的包摂と幸福を目指す社会福祉活動と理解してよいと思います。両角(もろずみ)達(たつ)平(へい)氏の諸記事によるとスウェーデンに北欧最大のスウェーデンユースセンターがあるようです。日本でもユースワークへの取り組みが始まっており、ボランティアによる社会参画の機会、仲間との交流の機会を創造する活動として、京都市にあるユースサービス協会は専門のユースワーカーがサポートする中学生の学習支援事業を行っています。日本ではまだまだ始まりにしかすぎません。

参考までに子供の家での自立度を見るチェックリスト

___<20点<___

おわりに

文部科学省が行った不登校児童生徒の実態調査をまとめてみました。お父さんお母さんが懸念される家庭に問題があるとする子供の回答は思ったよりも少なく、いじめなどの人間関係がダントツのトップです。政治の貧困、社会の貧困を背景とした 不登校は千差万別で答えの見えない方程式です。二人の不登校児を育てた母親のブログには子供との上下関係や上から目線を無くしたい、どうしたら怖い顔を隠せるか、ひきつる顔をなんとかしたい、笑顔で褒めてあげたい、優しく応援するお母さんになりたい、子供を陰から支える応援団長になりたいなど、出口を探す母親の姿が描かれています。私の小冊子を読まれて少しでも心が楽になれば幸いです。

大田浩右