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脳過敏症とは

科学とは、自然現象の中に仮説を見いだし、それを実証することである。

何人も否定し得ない時、仮説は定理となる。 

「脳過敏症」とは慢性の痛みを生み出す真理であり、臨床経験に裏付けられた確信的仮説である。 古代から現代に至る文明の系譜において、医学がいわゆる「科学」たりえた歴史は、それほど古くはない。科学そのものも、錬金術や占星術のような魔法の世界から形を変えたものである。その間、人体がどれほど変化したかといえば、類人猿から人間ホモサピエンスに至る数百万年の時間からすると、古代から現代はささやかな時間である。「文明病」は古代にも存在したはずで、それは人体が環境に適応しようとした生命活動の結果といえる。

錬金術や占星術から「科学」へ形を変えた思考の転換とは何だったのか。私はここに「仮説生成過程の意識化」、すなわちチャールズ・サンダース・パースが後にアブダクション abductionあるいはリトロダクションretroductionと表現した第三の思考過程があったと考えている。この大転換の説明には、コペルニクスの地動説の発表やニュートンの万有引力の発見がよく引き合いに出される。私は、ケプラーが天体の観測データと計 算が合致する「新たな前提」を推論したプロセスこそ、占星術が科学に形を変えた瞬間であったと思うのである。 ケプラーの業績があったから、ニュートンの万有引力の法則、ひいてはアインシュタインの相対性理論へとつながっていったのである。ケプラーの法則なしに今の宇宙物理、今の宇宙観は存在しないのである。NASAが打ち上げた宇宙望遠鏡に「ケプラー」と命名した理由がよく理解できる。

私が本書で著述した脳過敏症は、臨床という観察事象を現時点でもっとも良く説明できる推論である。今の医学会の潮流は、「数多くを説明できる=正しい」ことを前提とし、さらに、当てはまらないものは信ずるに足りないと考える人が実に多い。しかし、今の彼らにとっての前提が明日も正しい、あるいは次に出会う患 者にとって真である保証はどこにもないのである。重要なのは、新しい観察事象が得られた時、それを例外と片付けるのではなく、より安全で、もっともな仮説へつなげる思考力である。ガイドラインを参照するのも良い、 EBMの論文レビューも重要である。だが、臨床医にとって何よりも大切なことは、目の前の患者を己の目と 耳と手でよく観察し、自らの仮説を瞬間的に更新する頭脳の作業である。同時に、その仮説を諸理論、諸原 理から可能な限り問い直し、そこに普遍的な自然科学の統一理論を見出そうと頭脳を働かせ続けることである。

多忙な医師の生涯でこの頭脳作業ができる時間は限られている。だから私は自らの到達点をここに著し、この先を生きる人たちへ託したい。本書は医学書ではなく、一般書である。慢性の痛みに苦しむ患者が自らの状態を知ること、家族や社会が患者の状況を理解すること、そして少しでも多くの患者が苦悩から解放されることに役立てば幸甚である。最後に、私を支えてくれた亡き妻 祥子、本研究にご尽力くださった全ての人に感謝する。 2014月20日    大田浩右

 

頭痛 めまい シビレ 不眠 過眠 診療の落とし穴

1972年(昭和47年)4月、私は、広島県福山市にある国立福山病院 現独立行政法人国立病院機構福山医療センターに赴任した。その赴任の主目的は、国立福山病院に脳神経外科を開設することであった。

 

赴任当時は検査も手術も少なかった。当時の院長に暇な時間を見抜かれ「てんかん患者さんを診て欲しい」との依頼を受けた。やむなく始めた『てんかん外来』であったが、その後長く付き合うこととなった。

 

外来には毎週のように痙攣発作を起こした患者さんがやってくるようになった。治療を進める中で患者さんから「てんかんの薬で頭痛が良くなった」「肩こりやめまいが改善した」などのお礼の言葉を頂戴するようになった。そうして次第に「頭が痛い」「めまいがする」「肩こりを治して」とおっしゃる患者さんが増えていった。私は自分でも知らぬ間に頭痛・肩こり・めまい・不眠を専門に診察する医者として評判になった。

 

脳過敏症を提唱する理由

私が外来を始めた当時はもちろん、現在も『脳過敏症』という病名は存在しない。私が提唱する『脳過敏症』の多くは、実は不定愁訴症候群なのである。私は、不定愁訴という言葉の一般的なイメージが良くないので『脳過敏症外来』を標榜している。

 

不定愁訴とは「頭痛」「肩こり」「めまい」「腰痛」「体がだるい」「眠れない」「体のあちこちがしびれる」「疲労が取れない」など症状の内容や強弱が変化する訴えを意味する。客観的所見に乏しいため、1つの疾患としてまとめられず、医学的に十分な診察・検査を行っても症状の裏付けとなる所見や原因を見つけるのは困難である。よって確たる治療法はない。対症療法として抗不安薬、精神安定剤などで治療を受けるが、その多くは改善しない。『脳過敏症』とは、不定愁訴が、日常・社会生活に支障をきたすほど悪化した状態なのである。

 

私の約40年にわたる頭痛外来の経験から、長年慢性頭痛に苦しむ患者さんに『脳過敏症』という病気をまず知ってもらいたい。慢性の頭痛を訴える患者さんは、他に多彩な不定愁訴があったとしても、頭痛外来を受診する場合が多く、訴えの中身も実は複雑である。頭痛専門医ですら、訴えの中身を十分に理解していないケースに出会うことも稀ではない。頭痛外来を信じて受診しても、結果として不適切な治療となり、病状をさらに複雑化させているケースに出会うと心が痛む。専門医の名のもとに学会が提示する診断基準一辺倒の診療への警鐘として「頭痛外来の看板を盲信してはいけない」と伝えたい。

 

私が頭痛専門医の看板に違和感を覚えるのは、専門医の多くが「従うべき」と信じている国際頭痛学会の分類基準に臨床現場の経験とズレている部分があるからだ。分類基準に当てはまらない病態は「例外」扱いされ、治るものも治せなくなるリスクがある。

 

例えば、長年臨床の現場にいれば「片頭痛」と「緊張型頭痛」はきれいに鑑別できるものではなく、実際には2つの混合型が多いことを知っている。頭痛外来を担当する医師の多くは、「片頭痛」と「緊張型頭痛」の治療法は異なると考える傾向があるように思う。変容化した難治性の緊張型頭痛は、脳過敏症として治療すべきである。